「ねー、何書いてんの?」

私はいつもように図書館にいると、翔平が声をかけてきた。

「《井上翔平ノート》?」

そう。
翔平に関することを忘れたら怪しまれてしまう。
だから、私はそんなノートを作った。

「あはははは!汐菜も面白いもん、作るねー!なになに?俺の趣味はギターで、髪は茶色くて、甘い物が好き?なんだ、そりゃー!」

そういうと翔平はまた笑い出した。

「そうよ、あなたは所詮、私の中の妄想…そう、妄想彼氏なの。これから、よろしくね」

「はいはい、汐菜」

そういうと翔平はニコッと笑い、口の横にえくぼを作った。
このえくぼは私が小さい頃から憧れていたものだ。


図書館を出ると、辺りは少し暗くなりはじめていた。

「あちゃー、雨降ってるねー!」

「私傘持ってきるけど」

「じゃあ半分入れてよ!」

私は仕方なしに翔平を半分傘の中に入れた。

「なんか相合い傘みたいじゃん?」

翔平が突然そういったので私は、ばか、とだけ言って肩を叩いた。雨がしとしとと降る中、私たちはだまって歩き続けた。

「汐菜」

もうすぐ家に着くというところで、翔平が私の名前を呼んだ。パッと横を向くと目の前に翔平の顔が合った。

「しょ、翔平…」

翔平は黙ったままだった。私もしょうがないので、目を閉じた。

“初キスはレモンの味”って聞いたことあったけど、冷たい雨の味しかしなかった。