「うーんとねぇ‥‥『十三夜』っていって、満月の2、3日前も結構月がきれいに見えて、風情があるって昔から言われてるらしいよ」
恐らくぼくが見たのは、普段『月』など意識して見ていない人間が、友人と久々に夜の繁華街に飲みに繰り出すという高揚感の中で、過剰印象に記憶を焼き付けてしまった『月』なのだろうか。
ともかく、何となしに疑問に思っていたこともそれなりの説明が付き、「なるほど」と頷きながら少し前を歩くあかりに近付いた。
すると彼女は後ろ手に組んだ手を解き、リレーの選手がバトンを受け取るのを待つかのように、月を見つめたまま背後にいるぼくに向かって右手を差し出した。
『手をつなごう』というあかりの無言のサインに、ぼくは狼狽した。
「寒いよっ」
焦れったいぼくに痺れを切らしたのか、あかりは独り言のように小さく呟いた。
「あっ、う、うん」
ぼくも月を見上げたままだから、あかりの差し出した手に気付かなかった‥‥という振りをして、さり気なく彼女の右手を握った。
そういえば、あかりの手を握るのはこれが初めてだった。
見た目よりも華奢で、指先が冷たくなっている彼女の手の感触を確かめていると、まるで小動物が手に絡んで締め付けてくるように、あかりは小指に力を入れてキュッと強く握ってきた。
そんなあかりの積極的な行動に、一回りも年上である男としてのプライドが触発され、せめて彼女の半歩前に出て、握った手を少し引っ張り気味に歩くことで、ぼくはぼくなりのちっぽけな積極性で応えていた。

