「お月さまが見えるよ」
子供っぽい言い方をするあかりに促されて上を向くと、街の明かりに埋没して見えなくなっているはずの星空の中に、丁度半分ぐらいに欠けた月が、漆黒の壁に空いた小さな風穴から漏れる薄明かりのように、優しく控えめな光を放っていた。
「半月だね」
そうぼくが言うと、あかりはチッチッチッとキザな仕草で人差し指を振った。
「下弦(かげん)ともいうんだよ」
「下弦?」
「そう、月が欠けてゆく時に半分になるのを下弦。満ちてゆく時に半分になるのを上弦(じょうげん)っていうんだって」
「へえ、物知りなんだね」
「うん、ちょっと前に本で読んだことがあるの」
「そういえば、一週間前には満月だったような‥‥」
ぼくは、ふと一週間前の始発電車を待つ真夜中に見た月を思い出した。
「そうだよっ、満月から一週間ぐらいで下弦になるんだよ」
「そうなんだ」
何だか『月』に詳しいあかりに感心しながら、一つ疑問に思っていたことを訊いてみた。
「その3日前にも満月のように見えたんだけど、どうしてかな?」

