俯いた彼女を目の前に、ぼくも次の言葉が出て来なかった。
宙を見上げると、静寂の重い空気と、ぼくらの身体から揮発する空気とが混じり合って、一定方向へと流れ出していた。
やがてその空気の流れが渦を巻くように、部屋の中をゆっくりと回り始めた。
ぼくは乗り物酔いに似た目眩を感じた。
そして得体の知れない物質を口から放出するように、深く濁ったため息を吐いた。
「もう満央にとって、ぼくは必要ない存在なのかもね」
「ねえ、どうして? どうして急にそんなことを言うの?」
どうしてかぼくにも分からなかった。
気が付くと、ぼくらは《ためいき色》の空間に包まれていた。
ぼくと満央の他には何もない。
ただ、ためいき色の霧だけが、霊気のように辺りに漂っているのが見えた。
これは幻覚だろうか?
「ねえ、どうして?」
満央の声は、遮蔽物を挟んだ向こう側から聞こえるように、籠もった音声に変換されていた。
それは特殊な通信機を使った、別世界からの遠距離放送にも思えた。
「ぼくのような歳の離れた男なんてダメだよ」
「そんなことないよっ」
「包容力のない気弱な男なんて、満央には相応しくないよ」
「そんなことない」
「いや、そうに決まってるよ」

