月のあかり

 
 そんな空耳をかき消すように、奇妙な幻聴が耳元で響いた。
 
 どこかで聞いたことのある猫の鳴き声だった。
 ぼくはびっくりして振り向いた。
 
「直樹さん」
 
 そこに居たのは猫ではなく、ニコリと笑みをこぼした満央だった。
 彼女は足音も防音扉を開ける音も立てず、いつの間にかこの部屋に入って来ていて、ぼくの背後に立っていた。
 長澤さんもひどく驚いたみたいで、魚が跳ねるように背筋をビクつかせていた。
 
「満央ちゃん、ここに座れば?」
 
 そう言って長澤さんは、高梨が来た時と同じように席を空けた。
 満央は大丈夫ですと言って手を振って見せたが、長澤さんは満央の両肩に手を置いて、空いた椅子へと導いた。
 
「満央ちゃんて不思議な娘よねぇ‥‥ ときどき幽霊みたいに足音も立てないで、部屋に入って来るんだもん」
 
「そんなことないですよ」
 
 長澤さんの言葉に、満央のほうが不思議そうな表情で答えた。
 けれど長澤さんにとっては、それに対する満央の返答などどうでもいいようで、「邪魔しちゃ悪いから」とほくそ笑み、右手を軽く上げて防音扉の向こうに出て行ってしまった。
 
 ぼくと満央は、久しぶりに二人きりの空間にいた。
 
「来てくれたんだね」
 
「ああ、約束したからね」