月のあかり

 
「私は嶋さんが好きだな」
 
 それは長澤ユカの声だった。
 
 彼女は悪戯っぽく笑い、ぼくと高梨の間に入ると、よく冷えたミネラルウォーターを差し出した。
 
「茶々入れるなよ」と高梨が言った。
 
「あらどうして? 私は満央ちゃんの声を代弁したつもりよ」
 
「そんなことどうしてユカに分かるんだよ」
 
「だって女だからよ」
 
 高梨は鼻でふんっと笑った。
 
「女だから女の気持ちが分かるってことか?」
 
「ええ、そうね。貴方はいつも自信過剰なのよ」
 
「分かったようなこと言いやがって」
 
 高梨がそう言うと、今度は長澤さんがふふっと笑い返して、スタスタと防音扉の向こうへ出て行ってしまった。
 彼らは互いに憎まれ口を掛け合いながら、決して憎しみを込めた言い方はしていなかった。
 
「あいつとは高校の時からの付き合いなんですよ。腐れ縁ってやつですかね」
 
 ミネラルウォーターのキャプを開けながら、高梨が言った。
 
「なるほど」
 
 舞に誘われて劇団に入った‥‥そう言っていた長澤さんの言葉とは辻褄が合わないと思ったが、とりあえず彼女の代弁に救われた気がして、ぼくもふふっと苦笑いをした。