再び背中を擦られるように手を当てられ、耳元で声がした。
「まだ稽古中みたいですから、あちらで待っていましょう」
振り向くと、受付の女の子は気怠そうな微笑を見せてそう言った。
ぼくはこの場に来た自分の存在を早く満央に知らせたくて躊躇っていたが、半ば強引に入り口のフロアへと連れ戻された。
「どうぞ座って下さい」
受付の彼女は自分の座っていた椅子の隣に、もう一つパイプ椅子を持ってきた。
ぼくが遠慮がちに座ると、その彼女は自分の椅子の向きを変えて、ぼくと向き合うように座った。
「長澤ユカです」
突然の自己紹介に思わずたじろいでしまった。
ぼくの名前はすでに彼女に知られているようだから、『どうも、嶋です』と返しても仕方がない。
ぼくは言葉に詰まって視線を逸らした。
長澤さんは、石膏のように硬直したぼくの態度など気にも留めずに、やわらかい物腰と口調で話し始めた。
「私、もともと満央ちゃんのお姉さんの舞と友達だったんです」
「‥‥そうなんですか?」
予想外な話の切り出しに、頭の中が真っ白になった。
外で響く雷鳴だけは、はっきりと聞こえていた。
「舞に誘われて、この劇団に入ったんですよ」
ぼくは相槌を打つように、そうなんですか?という言葉をリピートした。
他に答えようがなかった。
すると今度はぼくの反応を敏感に察知したのか、彼女は思い返したように聞いてきた。
「舞のことはご存じでしたか?」

