月のあかり

 
 ぼくは驚きのあまり、思わず身を屈めて海老が跳ねるように半歩退いた。
 怒鳴り声がした方向を見ると、薄暗い室内の奥にそこだけスポットライトが灯っていて、二人の男性が向かい合わせで立っていた。
 そして再び大きな怒号をあげた。
 ぼくはそれが自分に向けられたものではないことを悟ると、ふぅ、と胸を撫で下ろしたが、よく聞くと単なる怒号や咆哮ではなく、何かのお芝居の台詞の掛け合いをしているようだった。
 二人のうちの一方の甲高い声には聞き覚えがあった。
 
「満央ちゃん、あそこにいますよ」
 
 案内してくれた女の子が不意にぼくの背中に手を当てて、耳元でそう囁いた。
 
 室内の薄暗さに目が慣れてくると、向かい合っている男たちの足元には、劇団員らしき人が10人以上もいて、輪になって取り囲み、膝を抱えて座っているのが見えた。
 それはまるで、以前テレビで見たカルト集団の洗脳儀式に似ていて、ぼくの目には嫌悪感の覚えるものに映ってしまった。
 その中で顔をこちらを向いて座っている女の子の一人に、満央の顔があるのを確認した。
 
『満央‥‥‥』
 
 彼女の視線は別の方向を向いていて、この部屋に入って来たぼくの存在には気付いていなかった。
 その眼差しには羨望や憧れ、あるいはそれ以上の情愛が込められているように潤んで輝き、輪の中央に立ち尽くす一方の男性に向けてひたすら注がれていた。
 
 今までに見たことのない満央の表情。
 
 その男性とは、紛れもなくあの高梨だった。
 
 
「あの、嶋さん?」