挨拶をすると、彼女は控え目な会釈を返してくれたが、どこかまだ警戒心を残した目付きを送ってきた。
「あの、こちらに望月満央さんはいますか?」
傘をたたみ、両肩に付着した雨粒を払いながら訊くと、座っていた彼女の表情が微妙に変わり、小刻みに何度か頷いた。
「‥‥嶋さんですか?」
「ええ、そうですけど。どうしてぼくの名前を?」
「満央ちゃんから聞いてますよ」
そう言って彼女は、含み気味の笑顔を浮かべた。
そして掛けていた椅子から立ち上がると、女優さんのような魅惑的な声で「どうぞ」と言い、部屋の奥にある扉へと案内してくれた。
扉は分厚い防音の造りになっていて、空調ダクトやパイプが剥き出しになったスケルトンの天井には、埃の被った照明機器がぶら下がっている。
それを見て、ここはもともとライブハウスや貸しスタジオのような場所だったことが推測出来た。
扉を開けると5メートルほどの薄暗い廊下が続き、その先にまた防音扉があった。
受付嬢の彼女が先導するようにぼくの前を歩き、その先の扉を開けてくれた。
入り口で立ち止まった彼女に、優しく背中を押し出されて部屋に入ると、そこはガランとした何もないフローリングの部屋になっていた。
見上げると照明は廊下よりも薄暗く感じた。
すると突然、男の怒鳴り声が、土砂降りの外で聞いた雷鳴のように、部屋の中に鳴り響いた。

