縦にかぶりを振ったぼくを見て、胸の支えが少しだけ解けたように、満央の口元が和らいだ。
その微笑はさっき見せた不自然な笑顔とは全くの別物だった。
彼女しか作れない固有財産的な造形物。
それはぼくにとって、60億人分の1の貴重さであり、45億年分の1の奇跡でもある。
ぼくは勢いに任せて言葉を続けようと試みた。
でもその『勢い』とは俗に言う単なる虚勢であり、ぼくが自己満足を得るための快楽的発想なのかも知れない。
彼女の行動に嫉妬させられ、彼女の微笑に手のひらを返したように魅了される。
時に父親代わりを自負していながら、時に釈迦の手の中で抗う孫悟空。
それが惚れた者の弱味。
男の愚かさ。
いや、違う。そうじゃない。
そんな客観論や総体論で誤魔化し、自分を納得させようとする、ぼく自身の愚かさに他ならない。
「取り敢えず高梨くんのところに戻ってあげなよ。別に疑ってないからさ」
感情とは正反対な天の邪鬼な台詞。
『勢い』と言ってもそんな程度の末路。
薄弱な語尾。
ただそれは、満央のプクプクした頬を指先でちょんと突き、鷹揚な大人の態度を演じた精一杯のぼくの《演劇》だった。

