「にゃあ」
満央の提案に対し、了承の意思表示をするようなタイミングで猫が鳴いた。
「ほらあ、その名前でいいよって言ってるじゃん」
満央が得意気に言う。
「うーん‥‥」
猫語の分からない、分かるはずないぼくは返事のしようがなく、ただ苦笑いを浮かべた。
「そうだよねぇ、ヒメ」
「にゃあ」
赤ん坊を抱くように、猫をあやす満央の姿を横で見ていると、胸の中に広まる父性本能で、仄々とした暖かい気持ちが込み上げて来る。
いつの日か近い将来に、猫ではないそうした《現実》が、ぼくら二人の間に訪れてくれるのだろうか‥‥‥。
やがて小一時間が経つ頃になると、再び雲が立ち籠めて、月も星も見えなくなってしまった。
それはまるで『夜空』という大劇場の終演を知らせる、引き幕のように思えた。
満央は、ぼくが迎えに行く前から外に立っていたから、車に乗っていた時間を別にしても、もう何時間もこの寒空の下にいることになる。
平気だよと強がっていたけど、身体は絶えず小刻みに震えていた。
ぼくらはヒメを残して屋上を下りることにした。
「ねえ、ヒメ大丈夫かな」

