「食べないと体に良くないですよ」


いつの間にか、切った桃を俺に差し出す淋。


ここ何日か、ほとんど口にしてない。


食べれないのではなく、食べたくない。


「俺が桃嫌いなの分かっててやってるでしょ」


「そうでしたっけ?」


「あっちに逝ったら『淋が病人を虐めます』って藺草様に言うからね」


キョトンとしてワザとらしくとぼける淋に俺は柄にもないことを言う。


不思議だ。


まるで子供の頃に戻ったみたい。


「私が逝ったら『空木が好き嫌いして看病が大変でした』と雛さんに言っておきますね」


「!」


淋が負けじと言い、俺は大きく目を見開いた。


「なんで、それ……」


淋には彼女のこと、言ってない筈なのに。


誰にも、言ってない筈なのに。


「寝ている時に言ってましたよ」


「!!?」


何故知っているのかと、思っている俺に淋が答えた。


「………………………」


ね、寝言……俺が?


「………っ……」


俺は破顔する淋を尻目に見て、思わず右の袖口でくちもとで覆う。


なんなの、俺。


俺、バカなの?


何この羞恥心。


だけど、これはこれで彼女のことを話すのにちょうどいいかもしれない。


「どうせ、大体予想ついてると思うけどね」


俺は困ったように言い、淋を見る。


「声音の割に嬉しそうですね」


彼女が微笑んだ。


……そうかもね。


俺は一度目を伏せた。


「ちゃんとしたことなんて、あんまりしてないんだけどね」


本当に、何もしてあげれなかった。


だた、傍に居ることしかできなかった。


「雛は、俺の妻だよ」


「……でしょうね」


思った通り淋は驚くこともせず、立ち上がった。


「さっき初めて空木のそんな顔見ましたから」


淋は何故か悲しそうに言い、目を落とす。


「え?」


「空木、」


そしてすぐに俺を見る。


「顔、赤いよ」


と、淋はガキ大将のように得意げな顔をして、部屋から出ていった。


「…………………………」


彼女の言葉に再び顔が熱を持つ。


俺は仰向けになって、ぼんやり天井を見た。


すこしだけ、桃の匂いが鼻を掠める。


―—全く


どれだけ君に惚れこんでいるんだろうね、雛


少し苦笑して、俺は再び回想をした。