我がクラスの学園祭準備は順調に進んでいるようだ。
たぶん私が手伝わなくても、当日には立派なお化け屋敷が完成するだろう。
というのも、企画書ではどれくらいのペースで進めていけば間に合うか、ということまで計算されていて、そのぬかりなさには教員たちも驚愕したという噂だ。
おそるべし、清水暖人。
この人が私と同じ高校2年生で、おそれ多くも私の彼氏であるということが、なにかの間違いではないかと、1日に軽く30回は思ってしまう。
そして間違いでないことを喜ぶべきか、悲しむべきか、と悩むのが私の日課になってしまった。
まぁ、本当のことを言えば、ものすごく嬉しい。だからわざと何度も悩んで、私がいかに幸せであるかを再確認しているのだと思う。
――そして、自信がないから……。
私は今日もベニヤ板を真っ黒に塗りつぶす作業に没頭していた。これはお化け屋敷の通路の壁になるらしい。
そしてあの桜庭さんという1年女子は、自分に自信があるのだろうな、と昼休みを思い出しながら改めて感心してしまう。
――やっぱり顔がかわいいと自分に自信が持てるよね。周りも「かわいい」と言ってくれるだろうし。
刷毛を左右に動かしながら、そういう素直さが羨ましいなと思う。
でも考えてみれば綾香先生は、桜庭さんより数倍美人で、人柄も全然違う。先生は私のように卑屈ではないけど、桜庭さんのように高圧的でもない。
――というか、あの感じ、誰かに似ている気がするな……。
実はさっきから綾香先生に対して、よく知っている人に久しぶりに会ったような懐かしさを感じていた。
他人から羨望のまなざしで見られるほどの外見を持ちながら、本人はまったく頓着していない様子。しかも普段の行動はちょっぴり意味不明な上、理解不能。だけどここぞというときにはズバリ核心を突いてくる。
――わかった。……お姉ちゃんだ。綾香先生はお姉ちゃんに似てるんだ!
謎が解けた途端、笑いがこみ上げてきて、私は慌ててうつむいた。
そこへこんな声が聞こえてきた。
「なに、あの人。思い出し笑い? やだぁー! やらしぃー」
この耳につく金属的な声はおそらく西さんだ。そして彼女の指す「あの人」は私のことだろう。
しかしすぐに顔を上げることもできず、もう塗りつぶす余白のなくなったベニヤ板をじっと見つめる。
「おい、メアリー。しゃべっている暇があるなら手を動かせ!」
少し離れたところから苛立った声が飛んできた。清水くんだった。
「ちょっとぉ、『メアリー』って呼ぶのやめてよ」
「じゃあ、西こずえ。くだらないことを話しているだけなら帰ってくれ」
「いやぁん、フルネームって恥ずかしい」
ここで思わず目を上げてしまった私を、我慢のできない現代っ子と責めないでほしい。だって清水くんがどんな顔をしているのか、どうしても見てみたかったのだ。
視界の端っこで、腕とほぼ同じ長さの角材を手にした清水くんが立ち上がる。それを肩に担ぐと、威嚇するように西さんの前へ進んだ。
「な、なによ?」
「女子グループでしゃべっていたいなら、ファストフードか、駅前のスーパーのフードコートに行け。手伝う気があるなら、このダンボール紙に穴を開けろ」
「えー!? これってあの仕掛けでしょ? やだぁ! こんなの、ウチらにやらせるのはおかしいって。ねぇ?」
西さんは隣の藤谷さんに同意を求める。藤谷さんは曖昧な笑みを浮かべて「ねぇ」と西さんに同調した。
ここでバレーボール部の山辺さんがビシッときつい言葉を返すというのが定番の流れなのに、山辺さんは部活動へ行ってしまったらしく見当たらない。つまり西さんを援護できる女子はいなかった。
それにしても「あの仕掛け」とはどの仕掛けのことなんだろう。
私は清水くんが手にしたダンボール紙を見つめる。引越業者の会社名とシンボルマークが印刷されたダンボール紙には、直径10センチほどの円が等間隔に描かれていた。
「あ、それ、俺、やるわ」
徹底的に助詞を省いた発言が、奇妙な雰囲気になってしまった教室に響く。
清水くんの横に堀内くんがスッと近寄ってきて、ダンボール紙を取りあげた。
その歩き方がちょっとカッコつけているようで、いつもなら見ているこっちが気恥ずかしいのに、今の私はなぜかそう感じなかった。
――っていうか、ちょっとカッコいい……?
それに清水くんと堀内くんが並んでいる構図は、なかなか絵になっていた。
堀内くんは筋肉がないのか、何度見てもどこか頼りない体型なのだけど、清水くんと並んでも見劣りしないという点では、校内でも数少ないイケメンと言えるのではないか。
だけど顔立ちの美しさや、スラリと伸びた背格好のバランスのよさ、そして普通の人にはめったに見られない孤高のオーラは、やはり清水くんのほうが際立っていた。
ふたりに見とれていたのは私だけではないらしく、教室内はいつの間にか静かになっている。
「でも堀内には看板の絵を描いてほしいから……」
「今、乾くの待ってて暇だから、俺、やるよ。それに俺がやったほうが、サイズ調節しながら作れるし」
堀内くんは清水くんの返事を待たずに自分の席へ戻った。
教室内の注目を逃れた西さんは、藤谷さんと一緒に、黒い布を裁断する作業を始めようとしている。
張り詰めていた空気が、フッと緩んだ。
清水くんが小さくため息をついて、それからこちらを見た。
ドキッとして心臓が跳ね上がる。
次の瞬間、彼は険しくなっていた表情を解いて、私に微笑んで見せた。
――ありがとう。
心の中で何度も叫ぶ。
もし本当に以心伝心が叶うなら、今こそお願い、と強い想いをこめて。
たぶん私が手伝わなくても、当日には立派なお化け屋敷が完成するだろう。
というのも、企画書ではどれくらいのペースで進めていけば間に合うか、ということまで計算されていて、そのぬかりなさには教員たちも驚愕したという噂だ。
おそるべし、清水暖人。
この人が私と同じ高校2年生で、おそれ多くも私の彼氏であるということが、なにかの間違いではないかと、1日に軽く30回は思ってしまう。
そして間違いでないことを喜ぶべきか、悲しむべきか、と悩むのが私の日課になってしまった。
まぁ、本当のことを言えば、ものすごく嬉しい。だからわざと何度も悩んで、私がいかに幸せであるかを再確認しているのだと思う。
――そして、自信がないから……。
私は今日もベニヤ板を真っ黒に塗りつぶす作業に没頭していた。これはお化け屋敷の通路の壁になるらしい。
そしてあの桜庭さんという1年女子は、自分に自信があるのだろうな、と昼休みを思い出しながら改めて感心してしまう。
――やっぱり顔がかわいいと自分に自信が持てるよね。周りも「かわいい」と言ってくれるだろうし。
刷毛を左右に動かしながら、そういう素直さが羨ましいなと思う。
でも考えてみれば綾香先生は、桜庭さんより数倍美人で、人柄も全然違う。先生は私のように卑屈ではないけど、桜庭さんのように高圧的でもない。
――というか、あの感じ、誰かに似ている気がするな……。
実はさっきから綾香先生に対して、よく知っている人に久しぶりに会ったような懐かしさを感じていた。
他人から羨望のまなざしで見られるほどの外見を持ちながら、本人はまったく頓着していない様子。しかも普段の行動はちょっぴり意味不明な上、理解不能。だけどここぞというときにはズバリ核心を突いてくる。
――わかった。……お姉ちゃんだ。綾香先生はお姉ちゃんに似てるんだ!
謎が解けた途端、笑いがこみ上げてきて、私は慌ててうつむいた。
そこへこんな声が聞こえてきた。
「なに、あの人。思い出し笑い? やだぁー! やらしぃー」
この耳につく金属的な声はおそらく西さんだ。そして彼女の指す「あの人」は私のことだろう。
しかしすぐに顔を上げることもできず、もう塗りつぶす余白のなくなったベニヤ板をじっと見つめる。
「おい、メアリー。しゃべっている暇があるなら手を動かせ!」
少し離れたところから苛立った声が飛んできた。清水くんだった。
「ちょっとぉ、『メアリー』って呼ぶのやめてよ」
「じゃあ、西こずえ。くだらないことを話しているだけなら帰ってくれ」
「いやぁん、フルネームって恥ずかしい」
ここで思わず目を上げてしまった私を、我慢のできない現代っ子と責めないでほしい。だって清水くんがどんな顔をしているのか、どうしても見てみたかったのだ。
視界の端っこで、腕とほぼ同じ長さの角材を手にした清水くんが立ち上がる。それを肩に担ぐと、威嚇するように西さんの前へ進んだ。
「な、なによ?」
「女子グループでしゃべっていたいなら、ファストフードか、駅前のスーパーのフードコートに行け。手伝う気があるなら、このダンボール紙に穴を開けろ」
「えー!? これってあの仕掛けでしょ? やだぁ! こんなの、ウチらにやらせるのはおかしいって。ねぇ?」
西さんは隣の藤谷さんに同意を求める。藤谷さんは曖昧な笑みを浮かべて「ねぇ」と西さんに同調した。
ここでバレーボール部の山辺さんがビシッときつい言葉を返すというのが定番の流れなのに、山辺さんは部活動へ行ってしまったらしく見当たらない。つまり西さんを援護できる女子はいなかった。
それにしても「あの仕掛け」とはどの仕掛けのことなんだろう。
私は清水くんが手にしたダンボール紙を見つめる。引越業者の会社名とシンボルマークが印刷されたダンボール紙には、直径10センチほどの円が等間隔に描かれていた。
「あ、それ、俺、やるわ」
徹底的に助詞を省いた発言が、奇妙な雰囲気になってしまった教室に響く。
清水くんの横に堀内くんがスッと近寄ってきて、ダンボール紙を取りあげた。
その歩き方がちょっとカッコつけているようで、いつもなら見ているこっちが気恥ずかしいのに、今の私はなぜかそう感じなかった。
――っていうか、ちょっとカッコいい……?
それに清水くんと堀内くんが並んでいる構図は、なかなか絵になっていた。
堀内くんは筋肉がないのか、何度見てもどこか頼りない体型なのだけど、清水くんと並んでも見劣りしないという点では、校内でも数少ないイケメンと言えるのではないか。
だけど顔立ちの美しさや、スラリと伸びた背格好のバランスのよさ、そして普通の人にはめったに見られない孤高のオーラは、やはり清水くんのほうが際立っていた。
ふたりに見とれていたのは私だけではないらしく、教室内はいつの間にか静かになっている。
「でも堀内には看板の絵を描いてほしいから……」
「今、乾くの待ってて暇だから、俺、やるよ。それに俺がやったほうが、サイズ調節しながら作れるし」
堀内くんは清水くんの返事を待たずに自分の席へ戻った。
教室内の注目を逃れた西さんは、藤谷さんと一緒に、黒い布を裁断する作業を始めようとしている。
張り詰めていた空気が、フッと緩んだ。
清水くんが小さくため息をついて、それからこちらを見た。
ドキッとして心臓が跳ね上がる。
次の瞬間、彼は険しくなっていた表情を解いて、私に微笑んで見せた。
――ありがとう。
心の中で何度も叫ぶ。
もし本当に以心伝心が叶うなら、今こそお願い、と強い想いをこめて。