箱根を越え、酒匂川を渡った行藤、藤子と李義勇──とりあえず便宜上そう呼んでおく──は、鎌倉の近くの藤沢で、長崎光綱の出迎えを受けた。

「おそれながら判官さま、今はおとどまりくださりませ」

鎌倉に入るのは危のうございます、と光綱は奇妙なことをいうのである。

「いったい何があったと申すのだ」

「実は」

と光綱は、安達泰盛と平頼綱の確執についてふれた。

「あの両人の仲が悪いのは昔から有名ではないか」

今さら何やある、と行藤はいった。

「それが今や、鎌倉が二手に分かれての戦になりかねぬほどにございまして」

発端は安達泰盛が執権の後見人になってすぐ始まっている。

「博多から来た高麗の商人の話は、ご存知にございましょうや」

「うむ」

行藤も謝国明から実態だけは聞いている。

「その高麗の商人が御家人衆に、かなりの額の金を貸し付けておるのでございまするが」

いわゆる高利貸なのだ…というのである。

「その借金のかたに田畑や鎧、果ては馬や刀までむしり取るように取り立てをするのが、幕府の中で評議にのぼったのでございます」

それは鎮西探題の金沢実政が調べてみると、鎮西だけではなく遠くは上総や越後あたりの北条一門に近い御家人にまで及んでおり、

「評定でもいかがなものかという衆議でまとまったのでございますが…」

「それでなぜ戦になるのだ?」

「手段がまずいのでございます」

なんと泰盛は借金をすべて棒引きにする、という徳政令を命じたのである。

「それで御内人から異議が出たのでございます」

御内人の中に、そうした高利貸と組んで蓄財をしている者があったからで、

「いわばこれは安達さまと御内人の、戦になるやも分からぬことを孕んでおりまする」

「なぜ」

安達どのは前に行藤が提案した新田開発をしないのか、という疑念がわいた。

「あの話はわが兄頼綱をはじめ、御内人は賛同する者が何人かあったのでございますが」

安達家や北条一門の一部から猛反発を受けて頓挫した…という経緯を、光綱はるると述べた。

「もしやそれは」

極楽寺家ではあるまいな、と行藤は口にすると、

「確かに…連署どのは反対しておられました」

果たして勘が当たった。

「国を豊かにするのが、まつりごとではないのか」

「御意にございまする」

「まだ異国との合戦が片付いた訳でもないのに」

内輪揉めなぞしている暇ではないではないか、と行藤はあきれた様子でため息を深くついた。

「そのため兄上はそれがしを召し出し、判官どのが鎌倉へ入る前に知らせよ、と申して」

藤沢まで出迎えた、ということらしかった。

「すると、九郎どのよろしく腰越で足止めということか」

と、腰越で阻まれた九郎義経の話を引き合いに出した。

「安達どのは」

この行藤が謀叛人とでも言いたげなようだな、と鼻で笑うと、

「光綱どの」

やはり鎌倉は血なまぐさいものよの、と深い溜め息をついた。