「うわっ!なんだ、こりゃあ!」

家を飛び出たセルジュがそう叫ぶのも無理はなかった。
あたりは、白い霧にすっぽりと覆われていたからだ。
霧というよりもむしろ煙に近い程だ。



「あんたら!待ちなって!」

「レヴ!こっちだ!!」

老婆の声に反応するように、セルジュが私の手首を掴んで霧の中を駈け出した。



「セルジュ、こんな深い霧の中を走るのは危険だぞ!」

「何言ってるんだ!
あの婆さんの方がよっぽど危険だぜ!
あんな所にいたら、何をされるかわかったもんじゃない!
早く逃げなきゃ!」

どのくらい走っただろう…
セルジュにひっぱられるままに私は走った。
いくらなんでもここまでは追って来ないだろうと思われる程度の距離を走ったことは間違いない。
走ってるうちに少し怪我をしてしまったようだが、それも木の枝で出来たかすり傷だ。
こんな夜に…しかもたちこめる霧の中を全力疾走したのだから、もっとひどい怪我をしても不思議はなかった。

私達は1本の大きな木の根元に腰を降ろした。
上がった息遣いがおさまっても、白い霧は、まだ少しも晴れる気配はなかった。



「一体、どうなってるんだ。
こんな深い霧は初めてだぜ。
まさか、これもあの婆さんが魔法で作り出したもんじゃないだろうな?」

「まさか…
そんなことが出来るはずはないさ。
おそらく…なんらかの気象現象なんだろう。
あの老人とは関係はないと思う。」

「レヴはあの婆さんが、魔法使いだってことを信じてないんだな。
…じゃあ、ルシアが元の世界に戻ったってことも信じてないのか?」

「……正直言って、私にもよくわからないのだ。
魔法使いだなんて者がいるとは思えないのだが、現に私達はこうしてこんな見知らぬ世界へ来ている。
そして、ルシアの姿も忽然と消えうせた。
今の状況をどう理解すれば良いのか…私もほとほと困ってるのだ。」

「小難しいことを考えたってわかりゃしない。
きっと、婆さんは本当に魔法使いなんだ。
そう考えるのが、一番、辻褄が合うじゃないか。
ルシアがあの場所へ行ったっていうのも間違いないな。
そうでなけりゃあ、婆さんがルシアの事情を知ってるわけがないんだから。」