「……出来た…」



こういう体験は初めてだった。
今までにも、作曲の経験はもちろんあった。
なかなか書けない時もあれば、スラスラと譜面に音符が踊る時もあった。

しかし、今回のは何かが違う。
まるで何者かの意思によって書かされてしまったようなおかしな感覚を私は感じていた。



「もう出来たのか!」

「……あぁ、あと少しだったからな…」

グレンにはあえてそう言っておいた。
私の感じたこの不思議な感覚のことなど、他人には理解出来ないだろうから…



「君は本当にすごいな。
君とめぐりあえて本当に良かったよ。
あ、ちょっと待っててくれよ、調律を済ませるからな。」

グレンはそう言って、ピアノの調律に取り掛かった。

その間、私は先ほど書き加えた譜面に目を落とす。
音符を目で追っているうちに、私の瞳からは熱いものが溢れていた。
特に悲しい旋律ではない。
知らず知らずのうちに、幼くして逝ってしまったこの曲の作者である少年のことを考えてしまったのだろうか…

いや、これは悲しい涙ではない…
満足しきった時のようなある種の充足感を感じる涙だった…



「……終わったよ。
レヴ!一体どうしたんだ?」

「あ…あぁ…なんでもないんだ…」

涙を流している私を見て、グレンはひどく驚いたような顔をしている。
無理もない話だ。
悲しくもないのに涙が溢れ出すという、私自身がよく理解出来ない感情なのだから。



「大丈夫か?
水でももらってこようか?」

「すまないな、心配かけて。
たいしたことではないんだ。」

「しばらく休むか?」

「いや…それより顔を洗って来たいのだが…」

「洗面所ならこっちだ。」

グレンはこの家によほど何度も来ているのか、家の事情はよく知っているようだ。
私は洗面所で顔を洗い、顔と共に気分もすっきりとすることが出来た。
グレンは私が顔を洗っている間も傍で私のことを見守ってくれていた。

それほどまでに私の様子はおかしかったのか…?



「ありがとう、グレン!
私ならもう大丈夫だ。
さぁ、そろそろ行こうか。」