「いらっしゃい。
お待ちしてましたよ、グレンさん。
……まぁ…!」

私達を出迎えてくれた中年の女性が、なぜだか私の顔を見て驚いたような表情を浮かべた。



「あ、奥さん、今日は友人を連れて来たんです。
レヴです。」

「初めまして、マダム。レヴです。」

「レヴさん…」

彼女の表情の意味するものが私にはわからなかったが、それはなんとも言えない切なげな顔に見えた。



「それと、セルジュです。」

「ようこそ、皆さん、どうぞこちらへ…」

応接間に通されると、そこには彼女の夫らしき男性が座っており、その男性もまた私を見て先程の夫人と同じような表情を浮かべた。



「あなた、今日はグレンさんがお友達を連れて来て下さったのよ。
こちらは、レヴさんとセルジュさん。」

「…え…あ、そうか…
それは賑やかでありがたいですな。
ようこそ、おいで下さいました。
どうぞ、ごゆっくりなさって下さい。」

主人は微笑んではいるが、私の顔から視線を離さなかった。



「今日は少し趣向がありましてね。」

「趣向が?まぁ、なにかしら?」

「まぁ、楽しみにしていて下さい。
まずは調律の方を…レヴ、ちょっと手伝ってくれ。」

私には調律の知識などないのに、なぜ調律が終わってから呼ばないのだろうか?と不審に思いながらも、私はグレンについてピアノのある部屋に向かった。



「グレン、私は調律の手伝い等出来ないぞ。」

「そんなことわかってるさ、君にやってほしいのはこっちさ。」

そう言って、グレンは、ピアノの上の譜面を私に差し出した。



「なるほど、そういうことか…
これが亡くなった子供の残した譜面なんだな…」

「……そうだ…」

まだ、少し幼さの残る文字で書かれた譜面…

タイトルは「エミルへ捧ぐ」となっていた。
エミルというのは、おそらく、弟の名前なのだろう…



「ちょっと良いか?」

私はピアノの前に座り、譜面に描かれた曲を弾いてみた。
緩やかで、とても優しい曲調だ。
それは、繊細な音階で創られているにも関わらず、まるで自分で作った曲のように私の指は自然にその曲を奏でることが出来た。



「……さすがだな、とても初めて弾く曲とは思えないよ。」

「グレン!なにか書くものを貸してくれ!」

「え?!あ…あぁ、ちょっと待ってくれ!」

グレンが鞄の中からペンとインクを出してくれた。

私は少年の遺した譜面に、最終章を書き足していく。
まるで、誰かが乗り移ったかのように、私の指はすらすらと音符を描き連ねていった…