「実はな……」

先程とは打って変わり、深刻な表情に変わったグレンが、ぽつりぽつりと話を始める。



「明日訪ねる家には子供が二人いたんだが、そのうちの一人…兄の方が数年前に病気で死んでしまったんだ。
確か、まだ15~6だったと思う。
元々、身体の弱い子でな。
外で走り回るようなことは出来るわけもなく、その分、ピアノにはとても熱を入れていたようだ。
才能もあってな。
あのままピアノを続けることが出来ていたら、きっと素晴らしいピアニストになれたと思うよ。」

「そうか、それは気の毒な話だな。
……しかし、そこでピアノを弾いてほしいというのはどういうことなんだ?」

「もうあの家にはピアノを弾ける者はいない。
それなのに、亡くなった子供の両親が、弾く者がいなくなったピアノの調律を今でも僕に頼んでくるのはなぜだと思う?」

「わからない。確かに、それはおかしな話だな。」

「僕も不思議に思って尋ねてみたんだ。
そしたら、彼等はこう言った。
あの子がいつでもうちに帰ってきて弾けるようにしておきたいのだと…
泣ける話だと思わないか?
死んだ息子のことがまだ忘れられないんだな。
ピアノの上には楽譜が置いてあってな。
それは、その子が書いた曲だということだった。
なんでも弟の誕生日に弾くつもりで書いていたらしい。
だが、その曲は最後まで書かれる前に終わっている。」

「そうだったのか…聞けば聞く程、気の毒な話だな。」

「気の毒なのはそれだけじゃないんだ。
弟の方は、兄がその曲を作るために根を詰めすぎたのが身体を悪くした原因じゃないかと、自分自身を責めている。
兄が亡くなってからというもの、学校にさえも行かず、一日のほとんどを部屋で過ごしてるらしいんだ。」

「そうか…よほどショックだったのだろうな。」

「とても仲の良い兄弟だったらしいからな。」

今までの話の流れから、グレンの頼み事は推測出来た。



「それで、その曲を私に弾いてほしいということなんだな。」

「そういうことだ。」

グレンは、少し微笑みながら頷いた。



「曲はどの程度出来てるんだ?」

「大半は出来ていたように思うが…」

「そうか…
どうなるかは行ってみないことにはわからないが、とりあえず行ってみることにしよう。」

「そうか!助かるよ!ありがとう!」

グレンは微笑んで、私に片手を差し出した。

話を聞いていたセルジュも同行したいと言い出したため、彼も一緒に連れて行くことにした。