「良い音だろう…?」

背後から不意に聞こえた声に振り返ると、そこには背の高い痩せた男が立っていた。



「あのピアノは僕がついさっき調律したばかりなんだ。」

男は少し誇らしげにそう呟いた。



「君は調律師なのか?」

「その通り。
……うん、問題ないな。とても良い音をしている。
君もピアノが好きなのかい?」

「そうだな。楽器の中ではピアノが一番好きだ。」

「もしかしたら弾くことも出来るかい?」

「あぁ、少しなら…」

「そうか、それは助かる!
じゃ、こっちへ」

男は、おもむろに私の手を取って、屋敷の中へと連れて入る。



「フランクさん、ちょっと良いかな?」

「グレン、どうしたんだ?
……おや、その方達は?」

ピアノを弾いていた中年の男が手を留め、私達の方に目を向けた。



「ちょっと、ピアノを弾かせてほしいんだ。
え~っと…君、名前は?」

「私はレヴ、そしてこっちはセルジュだ。」

「そうか、じゃあ、レヴ、何でも良いから弾いてみてくれ。」

いきなり連れて来られ、ピアノを弾かされる羽目になってしまうとは…
グレンと呼ばれる男はずいぶんと勝手な男だと思ったが、ここで断るのもどうかと思い、私は素直にピアノの前に座ると適当に思いついた曲を弾いた。

幼い頃から数え切れないほど何度も弾いてきたその曲は、楽譜を見ずとも指が鍵盤を覚えている。

ピアノ自体とても良いもので、手入れや調律もとても行き届いているのがわかった。
まるで自分のもののように違和感なく弾く事が出来た。

曲が終わると、その場の三人が私に拍手を送ってくれた。



「レヴ、少しなら弾けるなんて言って、たいした腕前じゃないか!」

「もしかしたら、あなたは本職のピアニストなんじゃないですか?」

「いいえ…好きで弾いてるだけです。」



その後、私達は、フランクの屋敷でお茶を飲みながら他愛無い話に花を咲かせた。
音楽という共通の趣味があるせいか、まるでお互いが旧知の仲のように打ち解けて話すことが出来た。



「レヴ、あんたの腕を見込んで頼みがあるんだ。」

グレンが唐突に話を切り出した。



「なんだ?」

「隣町まで一緒に来て欲しいんだ。」

「隣町まで?そこで何かあるのか?」

グレンは、隣町のある家に調律をしにいくことになっており、調律後、そこでレヴにピアノを弾いてほしいということだった。



「どういうことなんだ?」