キモチの欠片


「お先に失礼します」

礼儀として一言だけ言葉を発し席を立った。


「ちょっと待って。あのさ、今日の夜、空いてるか」


そう言って葵はあたしを呼び止める。

突然今日の予定を聞かれなぜそんなことを?と不思議に思ったけど、当然あたしの答えは決まっている。



「夜、ですか。今日は予定がありますけど……」

「嘘つけ。お前は嘘を付く時に髪を耳にかけようとする癖がある。何年柚音を見てると思ってるんだ。俺に嘘は通じない」


あたしが喋っている途中で口を挟んできた。

その言葉にハッとして髪の毛を弄っていた左手を下におろした。

葵は真っ直ぐにあたしを見つめてくる。
その強い瞳にすべてを見透かされそうで怖くなり思わず視線をそらしてしまう。


それより何年あたしを見てるかって?
一体どの口が言ってるんだろう。

高校を卒業してからのことなんて知りもしない癖に。

葵が知ってる昔のあたしとは違うんだよ。

小さくため息をつき、葵と向き合う。



「あの……羽山さん、何か用があるんですか」


冷静に、落ち着けと自分の心に何度も言い聞かせ言葉を返す。