誰も居なくなった病院の廊下を、

史彦が母親を支えながらこちらへ向かって歩いて来た。


私とサクラは黙って二人を迎え、

四人で寄り添いそして史彦は話し始めた。


「お母さん、俺から話していいですか?」と、

疲れきった母親をいたわりながら、

史彦は言葉を選んで私達に言った。


「浩太の顔見てきたよ。

まだ手術が終わったばかりだから機械とか管とかたくさん付いてて、

包帯だらけだった。


先生が…

意識が戻るかどうか分からないって…

手術は上手くいったけど損傷が激しくて、危険な状態だって…

浩太の生命力にかけてみたいって言ってた…

出来るだけの事はやりましたって。」




危険?


危険なの?


浩太の命が、危険だと言うの?



辛い昨日にさよならしたはずなのに、

本当は昨日がその始まりだったなんて。

私の精神は全身を震わせ、史彦の腕を揺さぶった。



「私、浩太の所に行かなくちゃ。

浩太に会いたい。

ねぇ、安西くん

浩太に会わせて。

会わせてよ…」



絶対に来てよって浩太が言った通り、

私は浩太に会いに行くよ。

たとえそれがどんな姿であろうと。



「そうね。

由香ちゃん。

浩太も会いたいと思っているはずよ。

会って来てあげて。」


母親に促され、私はひとりその部屋へ向かった。



病室の前で看護師は

「じゃぁ、ここで手を洗ってこれに着替えてくださいね。」

と白衣のようなものを私に渡した。


着がえが終わり

「あの、お願いします。」と

看護師に声をかけると、


「歩けますか?

ちょっと痛々しいから驚くかもしれないけど、

頑張っている最中ですからね。

あなた、恋人?

だったらしっかり支えてあげないとね。

時間は少しだけにしてあげて。」


と穏やかな口調で私に言った。



病院の匂い。

見た事のない機材。

聞いたことのない、様々な音。

点滴がつるされたスタンド。



そしてその奥のベッドに浩太はいた。



「浩太

お待たせ。

約束通り来たよ。

待たせてごめんね。

だいぶ遅刻しちゃった。」



包帯の隙間からのぞく右手の指先に触りながら

私は浩太に話しかけた。


酸素マスクについた小さな水滴が、

浩太の呼吸で小さく揺れていた。


浩太に付けられた数えきれないほどの管と、身体を覆いつくす包帯が

ただ事ではないと私に訴えていた。



「浩太

浩太・・・

聞こえる?」



そばで機材をチェックしていた看護師が、

後ろを向いてそっと涙を拭っているのが見えた。



「浩太、大丈夫だよ。

大丈夫。」


浩太の頭をそっと撫でながら、私は何度も何度も囁いた。


私の涙が落ちて、浩太が泣いているように見えた。