私の長い一日が終わりを告げようとしている。


夕方から夜へ、そして明日がもうすぐやって来ようとしている。


単身赴任している浩太の父親は間に合いそうにないからと、

術後の説明を母親と史彦が聞くことになった。


「私ひとりではきっと冷静に聞いてはいられない。」

と言う母親の腕を取って、

二人は看護士と共に奥の部屋へと消えて行った。


「由香ちゃん、遅くまでごめんね。

サクラさんも。

しっかり聞いてくるから。」


そう言いながら、その瞳からはもう涙がはらはらと流れ落ちていた。


史彦は

「由香ちゃん、ここで待ってて。

サクラ、由香ちゃんを頼むよ。」

と言って、無理に笑って見せた。


私は黙って大きくうなずいたけど、

何かが静かに背中から迫り来るような気配を感じていたのは、

私だけの思い過ごしじゃない気がした。


楽しい出来事ばかりが訪れる毎日を待ち望んでいるわけではないけれど、

誰も予想の出来ない恐ろしい出来事が人生の中には必ず起きると、

誰にでもそういう筋書きが出来ているものなんだと、

誰かがそう言ったとしても

私は信じてはいけないと思った。


着信が同じベルの音だというだけで好きになったなんて、

浩太、ちょっとくだらなくていいよねと、

ただ笑って過ごしていたいだけなんだから。



今朝、じゃあ後でと言った浩太が私を優しく見つめてくれるのは、

明日?

明後日?

いったい何時?



二人が部屋へ入って私がベンチに座ると、

サクラが缶コーヒーを差し出しながら横に座った。

しばらく何も言わないまま、

パキンとコーヒーを開ける音だけが廊下に響いた。


「由香、ごめん。」


サクラが小さな声でもう一度


「ごめん」と言った。


私はちょっとだけ背中を伸ばして


「サクラ

サクラが謝るのはおかしいよ。

サクラ、私こそごめん。」


そう言って私達は黙ってコーヒーを飲んだ。


そして声を殺して二人で泣いた。


「サクラ、私さ

浩太と一緒に生きてくって約束したんだ。

二人で一緒に生きて行くって。

良い?」


サクラは

「うん。

分かった。

分かってる。」


と泣き笑いみたいな顔で何度もうなずいた。


その時、さっき二人が入った部屋のドアが開き、

その部屋からもれた明かりが廊下をくっきりと照らし出した。

そして史彦に倒れこむように抱きかかえられた

小さくうずくまる母親の姿が見えた。



サクラが私の手をぎゅと握った。


時計はちょうど12時を回ったところだった。



さよなら、辛い一日。


さよなら 昨日。