誰かを愛しく想うだけなのに、
その気持ちを知った途端、
それと同じくらいの不安や切なさを感じてしまうのはなぜだろう。
ただ、浩太を見つめていたいだけなのに。
見つめ合って、手をつないで、抱き合って、愛してると囁いて、
ただ寄り添っていたいだけなのに。
あと半月も経てば転勤先で忙しい毎日が待っているからと、
浩太は仕事帰り毎日のように私の所へ立ち寄るようになった。
時々「由香」なんて呼びすてにして、
照れくさそうにわざと口笛を吹く仕草が、可愛くておかしかった。
「ははは。
口笛の音が出てないよ。」
なんて言いながら二人で笑っている時間はあまりに早く過ぎて、
私達は時間に限界があると云うことを忘れてしまいそうだった。
私は何度か浩太の実家へ行き、家族の中でその中で育った浩太を見た。
美しい物腰の母親は
「浩太が我が家の食卓に女の子を招いたのは、由香ちゃんだけよ。」
と、浩太に聞こえないように小声でつぶやいたのを、
浩太は嬉しそうに微笑んで見ていた。
まるで暖かい日だまりのような、優しい時間が永遠に続くような、
危険な錯覚をしてしまいそうだった。
そして明日引っ越しをするその前の夜、
私はサクラに約束した私の決意を浩太に告げた。
「浩太、サクラにね、わたし約束したの。
浩太と一緒に生きて行くって。
サクラの返事はなかったけど、もう決めたの。
サクラ、いつか分かってくれるかな。」
浩太は私を引き寄せて
「うん。
由香と一緒に生きて行くよ。
大丈夫だよ。」
そう言いながら、しばらくの間 何かを確かめるように
何かを自分に言い聞かせているように、じっと動かなかった。
明日、引っ越しのトラックとは別に新幹線で赴任先へ向かうと云う浩太に、
私は駅のホームまで絶対見送りに行くからと約束をし、
浩太は
「待ってるよ」
と言って帰って行った。
いつもは一度振り返って「おやすみ」って言う浩太が、
この日だけは何も言わず帰って行った。
「あれ・・・」
胸騒ぎなんて大げさな事じゃないけど、
何だかわからないけど、ちょっと嫌な予感がした。