男は眼鏡を押し上げて、暫く考えていたが、思い出した様に少女を見やった。煙管の火は、既に消えてしまっている。

 「お嬢さん、少し頼まれておくれ」

 「え?」

 少女は、男に手招きされ、門の前に立つ。すると男は、おもむろに身を屈め、門の木戸を、ガチャガチャと弄る・・・と、カコンッと、間の抜けた音がした。どうやら、下方の板が外れた様だ。

 「これはね、昔、私の父が面白がって、私用に作ってくれた抜け道なんだが・・・ご覧の通り、今の私では通れない」

 「つまり、貴方よりも小柄な私に、ここを通って、中から鍵を開けて欲しい、と?」

 少女が言うと、男はにっこり笑んで見せた。

 「何だいお嬢さん、思ったよりも頭が良いじゃないか」

 「馬鹿にしてる?」

 「さて?」

 鋭く睨む少女の眼光など、何処吹く風で、男が無駄に含み笑いを浮かべる。何だか怒る気も失せてしまい、少女は溜め息混じりに、門の前に屈んだ。

 「や〜、助かるよ」

 少女がスカートの裾を気にすると、男が笑う。

 「小学生の下着(なんか)に興味無いよ?」

 「見苦しい物を見せないように気を付けてるんだ!」

 少女が怒鳴ると、男は、ひらひらと手を振り、そっぽを向く。少女は深々と溜め息をついて、抜け道を潜った。

 立ち上がり門を見れば、門の扉に、大きな木の棒が掛けられている。それをどうにか持ち上げて、少女は鍵を開けた。

 「ほら、開いたよ」

 中から声を掛ければ、門を開け、男が入って来る。

 「ありがとう、助かったよ」

 男はそう言うと、ぽんぽん、と、少女の頭を叩いた。正直、少女は悪い気はしなかった。男の大きな手は、すっかり大人扱いになれてしまっていた少女に、子供である事を自覚させる。

 少女は少しだけ気恥ずかしくて、何気無く辺りを見回し、気が付いた。

 「梯子、は・・・?」

 そう、男が塀に上るのに使った筈の、梯子が見当たらない。高さから言って、飛び乗るのは不可能である。

 男は、煙管の灰を捨て、にっこりと、笑んで見せた。

 「私は一度でも、梯子で上ったなんて言ったかい?」

 少女は、ポカンと口を開けて、男を見た。しかし男はただただ、笑うのみで、少女は、この食えない男ならば、本当に空でも飛びそうだ、と、少し笑った。

 「しかしお嬢さん、危機感が無さ過ぎやしないかい?危ないからお気を付けなさい」

 「アンタに言われたくない」