男は、ひらりと塀から飛び降りた。

 「人をむやみに嘘つき呼ばわりするのは、感心しないよ」

 そう言って、男は煙管を吸う。風に煽られた、髪が乱れている。

 少女は、男の髪を見ながら、自分の髪を撫で付けた。

 「人の振り見て我が振り直すのは結構だがね、お嬢さん、直す程髪が無いじゃないか」

 「人をハゲの様に言わないでもらえる?」

 少女の短い髪は、風で煽られようが、関係がない。乱れる様な長さでないのだ。

 それでも髪が気になり、少女は頭のてっぺんを弄りながら、男を睨む。そしてふと、年上相手であるのに、敬語で話すのを忘れているのに気が付いた。

 珍しい事もあったものだ、と、少女は声に出さず、驚いた。

 「あっ」

 突然、男が声をあげる。

 少女が見やると、男は苦笑いを浮かべ、頭を掻いた。何事かと、少女は目で訴える。

 しかし、男は顎に手を添え、塀の向こうを見るばかりで、少女の訴えには気が付かない様だ。

 「どうか、したの?」

 仕方無しに、少女は声を掛ける。今更敬語に直すのもどうかと、少し躊躇いながら、タメ口で。

 「いや、門の鍵を、内側から掛けたままでね・・・」

 男は、少女がタメ口で話すのなど、気にも留めていない様子で答えた。

 男の言う門とは、男よりも少し向こう、石の塀に付いている、何とも立派で丈夫そうな、あれの事であろう。

 「・・・空でも飛んで、また塀に上っては?」

 少女が、先程の男の発言から、冗談めかして返せば、男は真顔で少女を見た。

 「人が空を飛ぶ訳がないだろう。今時の小学生はそんな事もわからないのかい?日本の学力低下もいよいよ・・・「冗談だよ!」」

 言いながら、哀れむ様な眼差しを向ける男に、少女は苛々しながら言う。しかし、冗談だと言いつつ、少女は、この男が本当に空を飛べたなら、どれ程面白いだろう、と、絵空事を期待し、内心自嘲した。

 「やぁ、しかし困ったね・・・」

 男は大して困っていなさそうだが、このまま放置して帰るのも薄情かと、少女は暫し、事の成り行きを見守る事にする。