「あの頃はさ、どっちかっていうと、机に座ってるよりサッカーばっかしたかったけど」
「けど?」
「今になってふと思うんだ、授業受けたいなって」
「わかる気がする。この歳じゃ、誰かに何かを教えてもらうことって、お稽古でも始めないとないもんね」
目を閉じれば、今でもはっきりと思いだす。
狭い教室。
ずらりと整列した机。
誰かがいたずら書きをした黒板。
鳴りひびくチャイム。
廊下から聞こえるにぎやかなしゃべり声。
すべてが耳障りで。
うっとうしくて。
制服を着ているのすら、嫌で。
窮屈で、退屈だとしか思えなかった。
早くここから出たい。
早く大人になりたい。
早く自由になりたい。
それしか、考えられなかった。
でも。
でも、その時には気づけなかっただけで。
その時間が、何よりもかけがえのないものだったのに。
今ならきっと。
教科書の陰に漫画を読んだり、居眠りをしたりすることなく、真面目に耳を傾けるだろう。
いつの間にか中山はスピーチを終え、盛大な拍手が湧き起こっている。
マイクスタンドの前を離れた中山は、あっというまに元生徒にとり囲まれ、黒だかりの向こうに見えなくなる。
あの頃は教師を敬う気持ちなんて、微塵も持ちあわせていなくても。
今なら頭を深く下げて、ありがとうございました、と心から伝えられる。
大人になった元生徒は、教師にとってもいつまでも生徒でありつづけるんだろうか。
ビールのお代わりをもらいに行って戻ってくると。
ローストビーフをつついていた宏之が、背広の内ポケットに手をまさぐり、携帯をとりだした。
「迷惑じゃなかったらだけど」
「何?」
「連絡先、教えてくれる?」
「うん、いいよ」