事件の次の日、矢野は警察署の取調室にいた。
「なんだか、容疑者になった気分ですね」
「すいません。ここしか開いていなかったので・・・」
「いえ、お気になさらないでください」

矢野が笑顔でそう言うと。「では」と、真里は本題に入った。
「矢野さんの本名をお聞きしてもいいですか?」
「矢野尋です」
「長江さんとのご関係は?」
「同業者、ですね」
「今までに長江さんに会ったことは?」
「ないです。昨日がお互い初めてだったと思います」
紙にメモを取る。

「昨日の長江さんが倒れる直前、変な行動をしている人を見たということはありませんか?」
矢野は思い出そうと首を傾けた。
「・・・すいません。見ませんでした」
「あぁ、謝らないでください。・・・そうですか」

では、最後に。
「長江さんに恨みを持っているという人に心当たりありませんか?」
微かに矢野の眉が上がった。
「あるんですか?」
「いえ、その・・・」
「どんなことでもいいんです」
矢野は躊躇いがちに話し始めた。

「・・・長江先生を良く思ってない方は多いと思います」
「それはどうしてですか?」
「長江先生はコンクールのときなどに、自分の生徒さんを贔屓して、他の教室の生徒さんを実力関係なく落選させるよく聞きます」
「不正ですか?」
「いえ、長江先生も審査員なので、不正ではないのですが・・・ちょっとやり過ぎというか」
「なるほど。それを良くないと思っている人は多いと」
「それが理由で殺意を持つとは思えませんけどね」
「そうとは限りませんよ。人間、どこで人を恨むのか分かりませんから」
そう言うと、真里は立ち上がった。

「今日はお忙しいところありがとうございました」
矢野も立ち上がった。
「いえ。何もお役に立てなくて、申し訳ありません」
「そんなことありません。充分参考になりました」
笑うと、矢野も微笑み返した。