「長江源太。五十四歳。死因は青酸カリによるもの。おそらくシャンパンの中に入っていたのだと思います」
源太とは長江源俊の本名だ。
源俊は雅号である。

手帳に書かれたことをすらすらと読んでいるのは真里だった。
「刑事さんだったんですか?」
矢野がそう聞くと、振り向いて「はい」と答えた。
先ほどは気がつかなかったが、形の良い眉と二重でくっきりとした目は聡明さを感じさせていた。

「長江さんにシャンパンを渡した方はどなたですか?」
真里の呼びかけに、若い男がゆっくりと手を上げた。
「たぶん、俺だと・・・」
「たぶん?」
「気づいたらシャンパンが取られていたんです。そしたら、その方が乾杯と仰られたので、たぶんそうだと」
「他に長江さんの近くを通ったバーテンダーさんはいませんか?」
返事は無かった。
「お名前、聞いてもよろしいですか?」
「あ、尾田康司です」
「詳しい事情を説明してもらうと思いますので、その時はご協力よろしくお願いします」
「ちょっと待ってください!俺は殺してないですよ!」
疑われていると感じ取ったのだろう。
「あなたが犯人だとは言っていません。調査に協力してくださいと言ったのです」
強い口調でいうと、尾田は黙った。

「それと、矢野先生」
「はい・・・」
「矢野先生にもお話を伺うと思いますので」
「分かりました」
頷いて了承する矢野の代わりに三木が食ってかかった。
「先生は犯人じゃありません!」
三木を矢野が制す。
「仕方ありません。長江先生の最期に、一番近くにいたのは僕ですから」
「でも・・・」
「全力でお手伝いします」
真里は頭を下げて、「ありがとうございます」と言った。