教室は朝まで燃え続け全焼した。

その後、矢野と長江の会話を記録したデータがマスコミに送られ、書道界が大騒ぎになった。

重鎮書道家たちの隠蔽と警察の賄賂。
マスコミの格好の餌に、真里も辰郎も少なからず影響を受けていた。

「ただでさえ、大切な人材が一気に失って大きな痛手になっているのに。って、辰郎さん嘆いていましたよ」

矢野家之墓と書かれた墓に手を合わせて、真里は報告した。

あの後すぐ、辰郎の家に矢野から手紙が届いた。
病院でこの話をしたら怒られると思って手紙にしました。と言う出だしの文で、自分の墓は矢野家にして欲しいといった内容だった。

手紙を読んだ辰郎は涙を浮かべ、何度も頷いていた。

「春真さんの方も、お墓のお引越し住みました」

向かいの三木家の墓を向いた。
今頃、兄弟が再会を喜んでいるのかもしれない。

「でも、まだ少しあなたがあの場所にいないのを信じたくないって思っている自分がいるんです。携帯の番号にかけたら、いつでもあの優しい声が聞こえるって思っちゃうんです」
また溢れ出しそうになった涙を堪えた。

これ以上ここにいたら、また泣いてしまう。
真里は踏ん切りを付けるように立ち上がった。

「私、警察の仕事を続けます。矢野先生が復讐を決めるきっかけを作ったのは、我々警察が甘かったからです。もうこんな事が起きないように、組織を立て直したいと思います」

一度礼をしたが、まだ言うことがあったのを思い出すと、ポケットから矢野にもらった手紙を取り出した。

「私、辰郎さんの教室に入ろうと思うんです。やっぱ、女は字が綺麗じゃないといけませんからね」
矢野が書いた自分の名前を眺めながら言った。
「私。矢野先生の字、好きです。綺麗で優しくて、それでいて力強い。・・・尋さんにそっくりです」

すると、十一月にしては柔らかい風が真里の髪を撫でていった。

真里は優しく微笑むと、もう一度礼をして、歩き出した。
午後からまた事件の調査が待っている。

「さよなら。矢野先生」