「矢野先生!・・・矢野先生!」
矢野の目に映ったのは真里だった。
必死に矢野を呼んでいた。

「・・・真里・・さん?」
「矢野先生!よかった・・・」
真里の安心した顔を見ていると、次第に頭がはっきりとしてきた。

「何故・・・来たのですか。」
「矢野さんを助けに来ました!」
そう言うと、真里は矢野の腕を自分の肩に掛けて立ち上がった。
「止めてください!僕はいいですから。早く、逃げてください」
「嫌です!」
真里はきっぱりと否定した。

「春真さんのお墓を移すのは・・・矢野先生が、やってください!」
咳き込みながらも真里は続けた。
「あなたの教室の生徒さんはどうするんですか?・・・・中途半端に投げ出して、・・いいと思ってるんですか?」
「それは・・・」

「あなたはまだ、死んじゃ駄目なんです」
真里の真っ直ぐな瞳とぶつかった。

「でも、僕は・・・」

言いかけた時だった。
建物が大きく揺れたかと思うと、柱が次々に崩れてきた。
大事な支えを失ったのだろう。もはや、この教室の崩壊を止めることは無理だった。
「どうしよう・・・」
立ち止まる真里。
その時矢野は、ヒビが入った窓ガラスを見つけた。

「・・・真里さん」
「はい?」
「ごめんなさい」
そう言うと、渾身の力を込めて、真里を窓ガラスに向かって押した。

ガラスが割れる音と共に、真里は外に出された。
「矢野先生っ?」
投げ飛ばされた方を見ると、矢野の優しい笑みがあった。

「我侭ですいません。でも僕にとって、あなたが幸せに生きてくれる。それだけで充分なんです。・・・お元気で」

そう言うと、矢野は炎の中へと消えて行った。
「待って!矢野先生!・・尋さん!」

後を追おうとするが、走ってきた消防隊員に止められる。

「離して!中にまだいるんです!尋さんが・・尋さんを助けてください!」
真里はその場に崩れるようにして泣いた。

それでも、炎の音だけは真里の耳から離れることなく聞こえ続けた。