矢野は会場の隅の方でシャンパンを一口飲んだ。
微かに広がる炭酸が美味しい。
二口目で飲み干すと、一息ついた。
「あ。翠扇先生!」
本当に一息しかつけなかった。

「先生ここにいましたか!」
元気な声の主は左手に持った皿にパスタが山盛りに盛られていた。
「どうしました?三木君」
三木冬樹は矢野の教室の生徒の一人である。
「先生!このパスタすごい美味しいですよ!」
左手に持った皿を差し出した。
「いえ・・・そんなに沢山は・・・」
「何言ってるんですか!そんなんだから俺より小さいんですよ!」
言いながら無理やり矢野に皿を持たせた。

「そうだ。先生に会わせたい人がいるんです」
三木はその人物の名前を呼ぶと、手を引いて自分の隣に立たせた。
「片山真里さんです」
真里は会釈しながら「片山真里です」と挨拶した。
「矢野翠扇です」
「片山さんはここのホテルのオーナーのお嬢さんらしいですよ」
「そうなんですか」
「父に一度、矢野先生の字を見てご本人に会って来いと言われまして」
真里が言うと、自分のことのように得意気な三木が会話を続けた。
「それで、どうですか?先生は?」
「はい。初めは作品と作者が一致しなかったんですけど。矢野先生の目を見て、あぁ、あの存在感のある字は確かに矢野先生のだって思いました」
「だ、そうですよ。先生!」

笑顔で矢野のほうを向く三木に、照れたように微笑んで返した。
「なんだか恥ずかしいですね」
「でも、本当のことですよ!ね?真里さん」
「はい!」

笑いながらまた料理を取りに行った三木と真里を見守っていると、背後から肩をたたかれた。