矢野は四方八方を記者に囲まれた。
今しがた、バーテンダーから受け取ったシャンパンをこぼさないように気を使うのを鬱陶しいと感じる。

「今回は、作品展開催。本当におめでとうございます」
野太い声と共に録音用のマイクが現れた。
「・・ありがとうございます」
それに続くように、次々とマイクが目の前に現れてくる。
しかし、当の本人の顔は見えない。
「ステージに飾られている感謝の字も素敵ですね」
軽く頭を下げる。
「矢野先生はいつ頃から書道を習い始めたのですか?」
「・・・四、五歳だったと思います。でも、本気になったのは恥ずかしながら、中学に入ってからなんですよ」
「意外と遅かったのですね」
「えぇ。頑張りました」
すると、ようやく顔が出てきた。
「初の作品展ですが、今の心境はいかがですか?」
「そうですね。驚いてます。あと、少し恥ずかしいですね」
そう言って少し、はにかんだ。
「プロの方でも、恥ずかしいと思うのですね」
「人それぞれだと思いますけどね」
「最後に、先生の作品を見に来る方々にメッセージをください」
「はい。・・・是非足を運んでいただけると嬉しいです」
「ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
そう言うと、記者陣の間をすり抜けた。

「逃げるの早いですねー」
記者陣の中で比較的若い男が先輩記者にそういった。
「俺たちが調子に乗ったら面倒だって分かってるからだろ」
「いやー。単にインタビューに慣れてないのかもしれませんよ?」
「だとしたら。物腰は柔らかいけど、どこか近寄りがたいイメージのあの先生に、初々しさが感じられていいんじゃねーの?」
「あぁ、確かに」