十三年前の家が火に包まれた次の日。
矢野のところへ見知らぬ男が立っていた。
「キミが、尋だね」
そう言って男は矢野の前にしゃがみ込んだ。四十代後半であろう男は、目尻に皺があった。
「確か、五年生だよね?」

矢野は黙っていた。男は優しく笑いながら矢野の頭を撫でた。
「そんなに警戒しないでくれ。今日からキミは、ワタシと一緒に暮らすんだから」

「・・・何で?」
「それはね・・・家族だからだよ」
「どういうこと?僕の家族はもう死んだんだ」
「確かに、キミの本当の家族はもういない。でも難しい話、戸籍上ではキミはまだ一人じゃないんだ」

「こせきじょう・・・?」
「そう。おかしいと思わなかったかい?キミのお父さんとキミでは苗字が違う。キミのお父さんは姫山なのに、キミは矢野と名乗らなくちゃいけない」

矢野は小さく頷いた。

「それはな。キミの父親は姫山正ではなくて、矢野辰郎の息子と登録されているからだよ」
「・・・なんでそんなことしたの?」

そう尋ねると、辰郎は一瞬悲しそうに笑った。
「・・・どうしてだろうな?」

しかし辰郎はその表情をすぐに隠した。
そして、もう一度笑いかけた。

「キミの書道の才能は、竹苑から聞いていた。ワタシも書道家だ。もし、キミが書道を続けたいというなら、責任を持ってワタシが教えよう。・・・どうだ?」

もちろん。と、矢野は答えた。

「やる」