ついこの間まで、テレビの向こうの気象予報士が「猛暑だ」と騒いでいたのが嘘のように肌寒くなった。
外を見るとジャケットを羽織っている人がいれば、半袖半ズボンで自転車を漕いでいる人もいる。

そんな十月も下旬。


片山真里は『HOTERU・ウエンディ』の最上階にいる。これからパーティーが開催されるのである。
いくつもあるテーブルの上には豪華な料理が並べられ。
出入り口には大勢の記者。
そしてステージには、墨で力強く「感謝」と書かれた縦横二メートルほどの掛け軸が掛けられていた。

「それでは、主役のご登場です」
司会の挨拶に合わせて拍手やカメラのシャッター音が響く。
さらに大きな拍手に包まれて、スーツに身をまとった一人の男が現れた。

「矢野翠扇先生です!」

真里の前に現れたこのパーティーの主役は、隣に掛けられている豪快な「感謝」を書いたとは想像つかないような小柄で細身な男だった。

「本当にこの人が書いたのかな?」
つい、そう呟くと、丁度良いタイミングで目が合った。
聞こえてしまったかと、真里は焦った。
しかし冷静に考えると、二人の距離と間にいる記者陣のフラッシュを焚く音の中で聞こえるはずが無い。

深呼吸をした。

なるほど。
隣の作品を書いても全然不思議ではない。
内に炎を秘めているような、力強い目をしている。

「それでは。ただ今より、矢野翠扇作品展開催記念パーティーを始めます」
真里はもう一度、大きな拍手をした。