玄関を上がると、奥から三木が迎えに来た。
「先生。お帰りなさい・・・」
靴を脱ぐ野田の姿が目に入ると「こいつ誰ですか?」と、視線を矢野に向けた。

「すいません。私の上司です・・・」
「真里さんの?」
「捜査一課の野田といいます。・・・三木冬樹さんですね?」
「はい。そうですけど・・・警察の方がどうしてここに?」
「少し、矢野先生にお話を伺いたいことがあるんですよ」
「先生に?」

訝しげに野田を見る三木に「きっと長江先生のことでしょう」と、矢野が言った。
「でもそれは、長江先生の自殺って事で解決したんじゃないんですか?他に何を聞く必要があるんですか?」
「それをこれから矢野先生に伺うのです」

「・・・疑ってるんですか?」
「まさか。話を聞くだけですよ」
「そうですか」
頷くも、納得いかない様子の三木。

「三木君。あまり問い詰めては失礼ですよ」
二人の間に割って入った矢野。
「どうぞ座ってください。昼まで稽古があったので散らかっていますけど・・・」
「いえ。勝手に押しかけた私たちが悪いんですから」
これ以上、野田が失礼な発言をしないように真里が先手を打った。

「少し待っていてくださいね。コーヒー淹れてきますから」
そう言って台所に向かう矢野を「俺が行きます!」と三木が止めると、矢野を机を挟んだ二人の向かい側に座らせて台所に駆けていった。

「生徒さんですか?」
胡坐をかきながら、野田が聞いた。
「ええ」
「ずっと教えてるんですか?」
「いえ。彼が僕の教室に来たのは一年ほど前です。以前は父の教室に通っていたので」
「その父親というのは書道家の矢野松雪さんですね」
「調べたのですか?」
「水沢伊秀さんに伺いました」
「水沢先生のところにも行ったのですか」
「あと、轟芳忠の所にも行ったんですが、お忙しいとのことで相手にされませんでした」

その名前を聞いたとき、矢野の拳が二人の見えないところで強く締められた。一瞬下唇を咬むも、何事も無い顔をして話を続ける。

「確かに、轟先生は多忙なお方ですからね。アポなしでは相手をしてもらえませんよ」
「そうみたいですね」
「それで、僕に何を聞きたいのですか?」

矢野の言葉にわざとらしく「ああ、そうでした」と言う野田は、机の上に身を乗り出した。

「ではまず、長江源太との関係を教えていただけますか?」
「同業者です」
「それだけですか?」
「はい」
「プライベートでは?」
「無いですね」
「そんなことは無いでしょう!」
野田がさらに身を乗り出した。