「すいません。お待たせしてしまって」
教室の近くにある喫茶店に入ってすぐ、矢野は水沢伊秀を見つけた。
恰幅のよい水沢は、ゆっくりとした動作で矢野に手を振り替えした。

「いや、こっちこそ悪かったね。急に呼び出したりして。仕事中だったらしいけど・・」
「今日は午前中だけだったので」
矢野は向かいの席に座った。

「なら良かった。仕事でこっちに来たついでに、翠扇君の顔を見ておこうと思ってね」
そう言いながら水沢はカプチーノをすすった。
「ありがとうございます」と微笑むと、通りかかった店員に矢野はコーヒーを頼んだ。

「パフェでも食べたらどうだ?奢るぞ」
「いえ。さっき食べたばかりなので」
「そうか。まぁ、私は頼むぞ」
それほど待たずして置かれたパフェをスプーンで掬うと、
「こう見えて甘党なんだ」
と言って、口に運んだ。

「一口どうだ?」
「いえ、僕は・・・」
「先輩が勧めているのだから、食べなさい」
「じゃあ、一口だけ・・・」
水沢からスプーンを受け取って、一口食べる。

「美味いか?」
スプーンを返すと、矢野は眉を寄せ気味に微笑んだ。

「美味しいですけど、僕には少し甘すぎるみたいです」
「そうか。まぁ、キミが生クリームをガッツクのも想像できないしな」

何を納得したのか、水沢は頷いて二口目を食べた。矢野もコーヒーをすする。

「思い出した。翠扇君を呼び出したのは、キミを褒めたかったからでもあるのだよ」
スプーンを置くと、矢野の目を見て笑顔で言った。

「個展開催、おめでとう」
拍手を送る。
「同じ流派の若手の書道展が開かれるなんて嬉しい限りだ」
「ありがとうございます」
「うちの書道会の会長は今のところ私だが、近々キミにこの座を譲ろうかな」
「それは、僕には勿体無いことですよ」
「そういう謙虚なところも、私は買っているんだ」
スプーンを手に取って生クリームを掬う。

「だが、パーティー中に長江が死んだっていうのは、災難だったな」
口元まで持っていったクリームを下ろした。

「・・・はい。まさか、長江先生がご自分から命を絶たれるとは、思っていませんでした」
「私もだ・・・。まぁ、あれだ。長江の分も翠扇君のような若い奴らが頑張るんだぞ」
「はい」
「よろしい」
水沢は何度も頷いた。