僕は玄関を軽く開けた不自然な状態で一旦そうっと目蓋を閉じ、深く息を吸った。



(…瑠海の前では冷静でいてよ、僕)



 僕は、良き兄でいたかった。

 親から愛情を十二分に注いで貰えなかった彼女には、目一杯の僕の愛情を注いであげたい。

 不機嫌な僕を見せるぐらいならば、その時間もいつものように瑠海の話を黙って聞いてあげる、そんな兄でいたい。



 興奮状態で暴れていた細胞を落ちつかせた僕はふと目蓋を持ちあげると、静かに帰宅して後ろ手でドアと鍵を閉めた。



「真依ちゃん、次は耳だよー」

「えーっと、茶色ね」



 少し開いたリビングの扉の隙間を、ふたりの明るい声が通りぬける。

 恐らく御手洗いか何かの際に瑠海が一度リビングを出たのだろう、最後まで扉を閉めないのは彼女の癖だ。


 母親の部屋の向かいにある、キッチンと隣接したリビング。

 扉の隙間に手を差しこむようにして、僕は彼女らの前に姿を現した。



「あ、お兄!」



 冷ややかな視線で真依子を捉える僕になど気がつかず、瑠海は彼女としていた子犬のジグソーパズルを放って僕に走り寄ってきた。

 ぎゅっとか弱い力で腰に抱きついて僕を見あげる姿を愛おしげに見おろしてから、その視線を再び真依子へ舞い戻す。



 ネイビーのコーナーソファに腰掛ける彼女は、僕らを見て小さく微笑んでいた。