久しぶりに奏でたフーガは、不思議なことに何だか少し違う曲に聴こえる。



 無機質で、切なくて、愛おしくて、孤独で。

 マイナスなイメージが大半だったフーガに、僅かばかり色がついたような気がした。

 はっきりとは表現しづらいけれど、例えるならば、愛を表すに相応しい赤と、涙を表すに相応しい青が混ざり合ったーー深くてほろ苦い、紫。

 今まで何度も奏でて来たけれど、こんなに脳内が色で埋め尽くされたことは思い返してみても一度もなかった。



 繋ぎ合わせた音の最後を響かせて鍵盤から指先を離すと、僕は力尽きるよう背凭れに体を預けた。

 初めての経験に、どくどくと心臓が脈打つ。

 全身が震えるほど、最高に気持ち良かった。



 だらしない体勢のまま、右手の人差し指で『ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド』と単音を繋げては余韻に浸る。



 すると、僕をずるりと現実へ連れ戻すようにベッドの上で携帯が鳴った。

 シーツに擦れて鈍い音を奏でるバイブ音に急かされながらピアノからベッドへ戻ると、着信は真依子からだった。



「…もしもし」



 着信を取ると、普段より少しだけトーンのあがった真依子の声。



 嬉しそうに話した内容に安心を覚えていた僕に、彼女は些か言いにくそうにとあるお願いをしてきた。

 もちろん僕は真剣に考慮した結果、それはいい未来のためだと信じて疑わず、彼女の頼み事を快く引き受けた。