僕は封筒から便箋を取り出すと、フェンスを離した手にそれを握らせた。

 彼は受け取った便箋をそよ風から守るように両手で掴み、その文字に視線を滑らせていく。


 僕はその間、傍を離れて一番近いベンチに座り、真依子に屋上に来てと連絡を入れた。

 父親の姿を見てパニックにならないよう、大丈夫だから静かに僕の隣においでと。



 その数十秒後、静寂とした屋上に微かに焦る足音が響いた。

 だけど聞こえているのは恐らく僕だけのようで、雄司さんは黙って便箋に目を通している。

 まもなく止まった足音のあと、窺うようにそうっと扉が開き、最初に僕を見つけた真依子は何気なくフェンスの方に目を遣ってその顔色を険しいものへと変化させた。



 きっと凄く動揺したのだろうけれど、僕が前もって大丈夫だと伝えていたお陰か真依子はゆっくりと深呼吸をしてこちらへ歩み寄る。



「…そら」

「大丈夫」



 力なく隣に腰かけた真依子の不安気な表情に小さく笑顔を返して、僕は彼女を置いて雄司さんの元へ近づいた。

 タイミングを見計らったからか、ちょうど読み終えたらしい彼と目が合うと、その手から弱々しく便箋がコンクリートへと舞い落ちる。



 雄司さんは片手を額に当てて首を項垂れ、大きく息を吐いた。

 それがただの溜め息なんかじゃないことは、すぐにわかった。

 どうして何も気づけずに彼女を死なせてしまったのだという、僕も陥った後悔からの溜め息だった。