「ちょっと、会ってくる」



 不安そうな祖母にいらぬ心配をかけないようにと、はやる気持ちを抑えてそう伝える。

 頷いた祖母に僕も小さく頷き返すと、脳裏に浮かぶ彼女が帰ってしまわないよう、足早に会場の中へ赴いた。



 エスカレーターを待っていられないと非常階段をあがると、無数に並んだパイプイスの奥で祭壇に向かってすらりと突っ立つ後ろ姿を見つける。

 栗色の長い髪をハーフアップで纏めた、華奢なその女性。

 タイトスカートのフォーマルスーツに身を包むその姿は、顔を見なくとも一瞬で誰だか検討がついた。



「来ようか迷ったのよ」



 静寂とした場内に、真依子の凜とした声が響く。

 その言葉の意味をうまく理解することが出来ずにぴくりと眉を顰めると、遺影の中で微笑むショートカットの母親に手をあわせた真依子が振り返った。



 僕を見つめたままこちらへ歩み寄り、パンプスの踵を鳴らして目の前で足をとめる。



「…どういう意味」

「どういう意味も何も、抱かれた男の母親が亡くなったのよ。出席するべきか迷うのは当然でしょう」



 悲しみの表情を見せるでもなく、かといって僕に同情するような視線を向けるでもない彼女は――ただただ、不気味だった。