フーガを奏でている瞬間、今まで思っていたのは祖父の手の温かさや僕にピアノを弾けと縋る瑠海の笑顔だった。
なのに、真依子はその記憶の中に自然と、それでいて一生忘れられないほどの衝撃と共に入りこんできたのだ。
違和感も不快感も嫌悪感も、一切何も感じさせずに。
「…兄!お兄!」
突然、しがみつくように太ももを揺すられて繰り返し弾いていたフーガが中途半端な部分で弾かれるよう途切れる。
柄にもなくびくっと肩を揺らした僕が視線を落とすと、そこにはむっと眉間に皺を寄せた瑠海がこちらを仰ぎ見ていた。
「瑠海、お兄っていっぱい呼んだのに!」
「全く聞こえてなかったみたいね」
ぷくっと頬を膨らませる瑠海をじっと見おろしていると、後ろに控えていた真依子が瑠海の頭を優しく撫でて僕を見た。
太ももに置かれた瑠海の小さな手に触れながら視線をあげれば、僕を見る彼女と目が合う。
「何だか、邪魔したかしら?」
「…別に」
真依子の言葉に不安そうに彼女を見あげた瑠海を見て、僕は冷静に答える。
彼女はわかっているようだった。
僕が思い悩んでピアノに、フーガに逃げていることを。
全て、見透かしているようだった。
