磨いたばかりの美しい鍵盤は新品同様の輝きを放ち、僕を映す。



 祖父が他界し、この部屋にやってきたそのときから、僕を黙って見守って来た唯一の存在。

 僕の無防備な寝姿も、情けなく項垂れる姿も、女性を抱く淫らな姿も、全てを見てきた唯一無二の存在だ。

 誰よりも、僕を知っていると思う。



 喜怒哀楽、またはその四つに当てはまらない複雑な感情、それらをピアノにぶつけてきた僕だから、きっともう感づかれていることだろう。

 僕が今からしようとしていることも、何かに苦悩していることも。



 虚ろな瞳で鍵盤を見つめたあと、無意識に鍵盤へ伸びた手で僕はある曲を奏ではじめた。



 ーー『…フーガね』



 彼女は、マイナーなこの曲のタイトルをぴたりと言い当てた。

 震えるほどに美しい笑みを僕に向けて、優しい眼差しでピアノを包みこんだ。



 ーー『続き、弾いて聴かせて』


 他人からはじめて聞いたフーガという単語に驚いて指先の動きを止めた僕に、彼女はそう言った。

 甘えるようなのは言葉だけで、表情や口調は変わらず堂々としていて、今思えばあの日から真依子は僕より何枚も上手(うわて)だった。