割とマイナーなこの曲を知る彼女が、僕の瞳には酷く魅力的に映った。



 下品だ非常識だと散々陰で罵ったけれど、そんなこと水に流してしまえるほど、目蓋を閉じてフーガを受けとめる彼女に――そそられた。

 初めてフーガを耳にしたときの自分を見ているようで、うっとりと聴き惚れる姿に視線を奪われる。



「…うまいのね、ピアノ」



 室内を埋めていた音色が空気に溶けてなくなると、彼女は静かに目蓋を開いて呟いた。

 僕はぱたりと蓋を閉じ、立ちあがる。



「よく何事もなかったようにいれるね」

「寝てたこと?」



 ベッドのサイドテーブルに置いていたストッキングを手に振り向くと、僕のあとを追ってきた彼女はそれを受けとりながら小首を傾げた。

 僕はひとつ、頷く。

 それでも彼女は悪びれる様子など見せず、ストッキングの封を切ってくすりと笑った。



「昨日から眠れていなくて、さっき父と言い合いをしていたから急に疲れがきたみたいなのよ」

「…理由になってないけど」



 別にされても頷くことしか出来ないけれど、謝罪のひとつもないのか、と遠まわしに嫌味を零したつもりだった。

 この通り、効果はなかったみたいだけど。