ーー明日はそらの誕生日だな。あいつの好きな店のフルーツタルトを買って帰るよ。



 キッチンへ向かおうと部屋を出た階段の上で、玄関からは死角となった廊下の端で、父親が母親にそう伝えるのを聞いた。

 そのあと仕事に出た父親は帰宅途中、ハンドル操作を誤った大型トラックが突っ込んだ歩道で、その命を失った。



 ぐちゃぐちゃになったフルーツタルトが現場にあったと母親から聞いたのは、数日後のことだった。



「兄は今、何を思ってるかしらね」



 穏やかに、それでいて切なく、真依子は言う。

 別に彼女を傷つけるつもりも、怒りを扇情するつもりもない。

 けれども僕は、こう思う。



「…死人に口なし」



 今まで口を閉ざしていた僕が唐突に発した声に些か驚いた様子の真依子だったけれど、その言葉を受けて軽く頷く。



「…ええ、そうね。その通りよ」

「生きてる僕らが語りかけることしか出来ないよ。あっちの声も感情も、僕たちには届かない」



 彼女が兄を愛していたように、僕だって母親をーー。



 真依子がどのような感情の中、母親を失ったばかりの僕に死人のことを語ったのか。それは、彼女にしかわからない。

 同情を僕に知らしめたかったのか、ただ哀しみを紛らわせたかったのか。

 どちらにせよ僕が真依子にしてあげられることは、同情を演じたまま真依子との逢引を重ねることだけだ。