僕は大袈裟な反応は見せず、黙ったまま真依子を見つめた。



 果たして、彼女は知っていたのだろうか。

 僕の母親が、兄が亡くなった病院で働いていたことを。

 知っていたか否か、その事実で彼女を見る目が恐らく変わる。

 故に、少し怖い。

 知っていたら僕はどうすればいい。知らなかったら僕はどうすればいい。

 どちらに転んでも解決には繋がらないし、真依子のことだ、平気で偽りを吐くことだって十二分にありうる。



 表では何ともない無表情ながら、僕はそんな葛藤を脳内で繰り広げていた。



「…どうして、ただ生きたいだけの人間が死ななきゃいけないのかしら」



 けれど、そんな葛藤を一瞬にして散らす彼女の言葉がそこにはあった。

 真依子の悲哀に満ちた声が妙に官能的、僕は薄く眉を顰めて彼女の影のある目許を見つめる。



「兄の最後の言葉は“俺は生きるから、お前は健康な体でのんびり待っててくれよ”だったのよ。結局だめだったけれど」



 彼女が初めて見せたぎこちない笑顔に、僕の胸は小さく脈打った。

 いや、違う。馬鹿馬鹿しいほど、同情したのだ。

 さぞ、無念だっただろう。

 かく言う僕も、父親の最後の言葉は今でも脳のど真ん中にはっきりと残っている。