『千春…っ、お母さん…っ!?』
話の始まりは、5歳の夏。
5歳の誕生日を迎えたばかりの、8月のことだった。
目の前には哀しそうに顔を歪めるあたしのお母さんと、まだ3歳になったばかりの妹の千春が立っている。
あたしの手は大好きなお父さんの手に引っ張られ。お父さんの反対側の手には大きな旅行鞄が握られていた。
『…千夏。これからは、お父さんと仲良くやっていくのよ』
―――――――え?
幼いながらも耳を疑う。
ねえお母さん、それってどういうこと?
"お父さんと仲良くやっていくのよ"
それってどういう意味?
幼かったあたしはその現状が全くわからなくて。
ただその事実にひたすら混乱するしか術はなかった。
『千夏、行くぞ』
『お、お父さん…!?』
その間にもあたしの手を握っていたお父さんは家の扉を開け、一歩を踏み出そうとしていた。
それに反射的に立ち止まり、足に力を込める。
『やだ、お母さん、千春…っ』
そんな抵抗も虚しく、あたしは最愛の母と妹と引き離されてしまった。
涙を流すあたしを無理矢理外へと引っ張り出したお父さん。
『バイバイ、千夏…』
お母さんのそんな消え入りそうな声が聞こえてあたしは閉まる直前の扉を振り返った。
最後に見たお母さんの顔はとても儚く、とても優しい笑顔を浮かべていたのを覚えている。
