と問うと、それは地雷だったのか、狐はずずいと顔を近付け
1オクターブ低い声で
「だ・ん・じ・て・ち・が・う」
と念を押すように1文字ずつ区切って否定した。
「まあそんなことよりあれじゃ、まだお前の名を聞いてなかったな」
そしてわざとらしく話題を変える。
「美波。美波 遙果だよ」
「ミナミ、ハルカ?女子のような名前じゃの。そういや顔立ちも」
「それについては触れるな。お前は?」
「えーと、少し待たれい」
狐もとい性別不明の人間は、体を見回して何かを探すような仕草を見せた。
「あ、あった…これじゃこれ。忘れないように書いておいたのじゃ」
そして狐は、自分の右の手の甲を美波に向けた。
なんだ、自分の名前も覚えられないのかと美波が呆れた顔を見せると、
「誰かに名乗るなんて普段はないからの」
と言い訳がましく事情を話した。
美波が甲を覗くと、そこには
「縁」
と書かれていた。
ゆかり、えにし、えり、よすが。
その漢字には、様々な読み方がある。
ゆかり、えりは女っぽい気もするし、えにしは男っぽい。
よすがなんて名前はあるのかどうか疑問だが、まあきっとそんな名の人物も存在するだろう。
性別不明な狐を、美波は
「エン」
と呼ぶことにした。
その瞬間、性別不明な狐はピクリとほおを動かした。
