「かわいい男」

サキさんは俺の頬にそっと唇を寄せると、振り返ることなく部屋を出て行った。

俺がどんなに望んでも、彼女は俺の元に留まってはくれない。

その一向に縮まらない距離が、俺に現実を突き付ける。

「かわいい、か…」

彼女の香りがまだ強く残る部屋で、俺は頬についた口紅の跡を拭う。

身体から始まったとしても。

何度も重ねていくうちに、いつか心も手に入れることができると漠然と思っていたけれど。

現実はそんなに甘くないのだろうか。

俺はぼんやりと、そう思った。