「ねーねー、リっちーって、お嬢様?」
 門を出て街道を歩き始めるなり、そんな声をかけるティルティ。
 ……まあ、身なりもいいしな。

 秋の始まりの風が吹いていた。所々紅葉の始まった木に囲まれた、石畳の街道。……まあ、帝都からの街道だし、立派なもんだ。

「ええ、家出貴族ですの。ミスフォー様」
「ミスフォー様っ!?」

 リーリアの言葉に、身体を仰け反らせるティル。
「うわっ! 本当にお嬢様! 本物のお嬢様!」

「……どうかなさいました?」

「あのな、リーリア」
 俺は、槍の柄で自分の肩を叩きながら、
「普通はファーストネームで呼ぶもんだ。特に親しかったら愛称だな。
 フォグはフォグだけどな……ティルティはティル、レンフォードはレンって具合だ。街に残ったクディクロゥはクロゥな」

「そしてリルベルドはリルだよ」
 横から、青紫の髪(染めてるんだよ)の二十歳過ぎの男が言う。魔剣士のレン。

「リっちーもさ、リルと結婚するんならリルって呼んであげなよ」
「余計なこと言うんじゃねぇよ。ティル」
 二十代半ばの赤毛の女魔道士に半眼で言う。赤毛っていっても色々いるが、こいつの髪は綺麗な色だ。短いのが残念だな。
「俺はこいつに付き合うと言った覚えは無い」

「そんなぁ……ディー……リル様」
 リーリアが、俺の腕を掴む。
「こんなにお慕いしておりますのに」

「……もしかして、リルに惚れて家出?」
「いや、ストーカーから逃げるためだ」

 辻褄を合わせるため、俺は適当な話をでっち上げる。

「ドルメット将軍って知ってんだろ? あいつが彼女に懸想してな。
 日に寄越すラブレターは十通以上、夕食の誘いは一日に三回以上。身の危険を感じて逃げてきたってわけだ」

 街を出る前にドルメットの奴の名前、出しちまってるしな。昨日取調室で散々な目に遭った復讐も兼ねて言いたい放題言っておく。

「でもさでもさ、ドルメット将軍なら玉の輿だよ?」
「私はリル様がいいんです」
「へぇ、一途だね」

 勝手に話を進めるティルとリーリアとレン。俺は、少し前を歩くフォグに近づいた。
「……それにしても、本当にいいのか? あいつ、足手まといだったらどーする?」
「俺は魔法のことはよく分からんが……」
 (クロゥを除けば)最年長のフォグが、彼女を振り返りながら、
「実力はあると思う。勘だがな」

「でもあいつ、昨日酔っ払いに絡まれてたぜ。あそこで」
「ボロい酒場で魔弓ぶっ放す馬鹿がどこにいる?」
「いやでも、本人はナイフもって……」
「行動に出る前に、お前が余計なちょっかいをだしたんじゃないか?」

 ……確かに。その節もあるな。
 ってことは俺は、しなくていいお節介で、こんなのに気に入られちまったのか?

「リル様! 今回はどんな任務なのですか?」
 てとてとと、リーリアが追いついてきて訊いて来る。

「この近くの村に怪鳥が住み着いて、それの駆除だ。明日には着くよ」
 笑顔で答えたのはフォグ。
「鳥なら君の魔弓の絶好の標的だ。お手並み拝見させてもらうよ」
「はい、飛んでいる敵なら得意です!」

「じゃあさじゃあさ、」
 横から口を挟むティル。空を指差して、
「あそこで飛んでる鳥、射ち落として」

 俺は空を見上げ目を凝らした。……おい、あんな小さくて遠いの、当たるわけが……

「お断りします」

 やっぱり無理か。

「命を弄んではいけません。あの鳥は悪くないのですから」

 ……そっちかよ。

「ん~、じゃ、あのルルックの実!」
 ルルック? この辺に生えてたか?
 辺りを見渡すと、確かに遠くに一本、ルルックの木があった。

 ティルは、少し魔法を使って、その実の一つに色をつける。
「あれ、射って!」

 ……断っとくが。ルルックの実ってのは、親指大の大きさだ。大きいヤツで。しかも、かなり遠い。俺でさえ色が違うのがどうにかわかる程度だぞ?

 ところが、リーリアは背中の弓を構え、無い矢を番える。

「お、おい、できるのか?」

 びっ! 衝撃が走る。

 次の瞬間には、ルルックの木が枝を揺らした。

「すっごい! 命中!」
 ティルが手を叩くが、他三人は唖然としていた。俺も含めて。

 ……とんでもないの、仲間にしちまったんじゃねーか?



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