「ちょ……やめて下さい!」
 そんな声が聞こえたのは、俺が酒場兼食堂のカウンターで強めの酒を飲んでいる時だった。

 振り返ると、……やれやれ。
 大方何かの憂さ晴らしに酒を浴びて、女に絡みだしたんだろう。……ったく、昼間っから。

 面倒ごとは嫌いだが他に助ける奴がいないらしい。溜息をつきつつ、俺はそっちに向かった。

「おい、いい加減にしとけ。嫌がってるじゃねぇか」
 相手――二十前後の男三人――は、途端にこっちを振り返る。

「何だ、てめぇは?」
「そっちこそ何だ? 昼間っから人の迷惑も考えやがれ」
「んだとぉ!?」

 殴りかかってくる。……ふん、ど素人が。
 五秒でそいつらを叩き伏せた。

 カウンターに戻って酒の続きを愉しもうとした時、後ろから声がかかる。

「あの……ありがとうございました」
 振り返って初めて見て――俺は、溜息をつきそうになった。
 別に、溜息が出るほどの美人とかそういうのじゃない。……確かに可愛いけどな。

 ただ、これは絡んでくださいと言っているようなものだと思って。

 手入れの行き届いた長い銀髪。青い瞳。さっきも言ったがかなり可愛い。
 しかし何より特筆すべきは、その服装と雰囲気だろう。

 ……多分、貴族か大商人のお嬢様だ。服は本人は町娘風にしているつもりなんだろうが……それでもまだ『お嬢様です』と言わんばかり。育ちの良さは身体から滲み出ている。

「お強いんですね」
「大したことじゃないさ。
 あんた、こんな目に遭いたくなかったら、もうこんなとこ来るなよ」

「……あ……」
 彼女が何か言いかけるが、俺は無視してカウンターに戻る。

 ここは、帝都の一部と言えど貧民街と言われる場所。無論治安もそれなりに悪い。
 ここだって、馴染みの俺が言うのもなんだがかなりボロい。建物も備品もほぼ全部木造で、しかも古い。

「あの……」
 無視しているが彼女はしつこく声をかけてくる。

「私、リーリアと言います。あの、せめてお名前を……」
「名乗るほどのもんでもない」

 我ながら恥ずかしい台詞だと思うが、名乗ったらこっちの負けだ。願わくば、馴染みであるここのマスターがバラさないことを祈るのみだが。

 ――と。

「何だ? この騒ぎは!」

 兵士が酒場に乱入してきたのは、その時だった。


◇◆◇◆◇